-PBインタビュー・コレクション-
小出 義雄
折山淑美=インタビュア/菊地和男=撮影
平凡な記録しか残していなかった少女の才能を見抜き、日本人女子初のオリンピック陸上金メダリストに育て上げた名監督、小出義雄。金メダルを獲得するために合宿地のボ ルダーに家まで買ってしまう豪胆と、選手の食生活に注意を怠らない細心。彼はどのようにして高橋尚子を世界一のマラソンランナーに育てたのか?金メダルという最大の目標を達成した今、日本のスポーツ界にどのような展望を持っているのか?平成の名伯楽が語り尽くした。 |
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忙しくてしょうがないよ。早くアメリカに行 きてえな。向こうなら電話もかかってこないから」暮れも押し詰まったある日、千葉県にある陸上部の寮の一室で迎えてくれた小出義雄監 督は、こう言って笑顔をみせた。高橋尚子が シドニーで優勝すると、小出監督の周りには、以前にも増して報道陣がひしめき合うようになった。そんな人垣の真ん中で、監督はいつも笑 みを振りまき、張りのある声で話し続ける。「俺なんかいい加減にやってるんだよ。酔っぱらってそこらで寝ちゃって、選手に担がれて便所の連れていってもらったこともあるんだ。しょうがないよな、ホント。俺なんか選手を指導してるんじゃないんだよ。一緒に遊ばせてもらって、選手に指導されてるんだ」豪快な笑い声は瞬時に周囲に伝染し、その一角を和やかな雰囲気にしてしまう。そんな持って生まれたような人を引きつけてしまうオーラと、経験と知識に裏付けされた綿密な戦略。それが小出氏の名監督たる最大の要因だ。「悪いね、昼飯も一緒に食えないで。これから直ぐ東京に行かなくちゃならねえんだよ」インタビューの 後こう言って私たちを送り出した監督は、60歳を越えてなお、忙しさを楽しげに満喫 している。 |
スポーツに女性の時代が来ることは分かっていた。。
<PLAYBOY(以下PB)> シドニー五輪の高橋尚子選手は、まさに予定通りと言えるような走りで優勝。監督もかなり自信があったようですが。 <小出>名古屋国際女子マラソンが終わった時点で、もう勝つのはわかっていたよ。レース前は骨折したり食中毒を起こしたりで、本心はドキドキしてたけど、そんな状態でも2時間22分台で勝っちゃうんだから。その前のバルセロナとアトランタは、妻が見に来たいと言っても「男の職場だから駄目だ」と言って来させなかったんだ。でも今回は自信があったから、名古屋が終わった時点で見に来いと言ったんだ。そりゃわかるよ。世界記録はロルーペ(ケニア)でこれだけ、あとはシモン(ルーマニア)やチェプチュンバ(ケニア)がどのくらいって計算できるし。 <PB>本番のレース展開も想定通りだったのではないですか。 <小出>17キロで出て、35キロでスパートする。これは五輪前に出した本に書いた通りなんだよ。高橋は35キロでスパートしたつもりじゃなかったと言うけど、事前にその本を見せておいたから頭の中に入っていたんだろうな。でもたったひとつの失敗は競技 場に入ってきた時にシモンが直ぐ後ろに付いていた。「しまった。スタート前に競技場に入ったら、絶対に後ろを確認しろと言うのを忘れていた」と思った。スタンドから声をかけても聞こえないから、もう祈るだけだったよ。でも偶然、残り200メートルでオーロラビジョンを見て気づいてくれたから良かったんだ。あれは危なかったよ。 <PB>五輪で金メダルというのは以前から意識していたのですか。 <小出>なぜ高橋が金メダルを取れたかというと、僕は昭和40年に教員になった時から、これからのスポーツには女性の時代が来ると読んでいたんだよ。今に女子も男子と同じように、長距離の種目ができるって。それで砲丸投げややり投げをしてる子も、冬になると駅伝ばっか連れてったんだ。 <PB>どうしてそういう時代が来ると考えたんですか。 <小出>それは日本が裕福になってきたからですよ。お金を持てるようになって余暇時間が増えれば、男だけがスポーツをガンガンやってるんじゃなくて、必ず女の時代が来ると。ヨーシ、今だったら日本もお金はあるし、世界で勝つことはできるなって。必ず五輪で女子マラソンはできるから、金メダルを取るのは女の方が早いと。それで今できるか、今できるかと待っているうちに、生理の影響がどうなるかというのも観察できた。それから20年後にやっとインターハイと国体で女子の3000メートルができたけど、初年度と2年目は両方とも優勝したんだよ。だって20年前からやってたんだから。それにマラソンだって、高校生に今から20年前にやらせてた。世界でも女子マラ ソンに係わったのは僕が一番古いわけだから、勝てないわけがないよ。 |
1千万円をケチって金メダルを逃せるか。
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<PB>金メダルを取るには、身体的な素質も必
要になりますね。 <小出>体だったらケニアとかエチオピアやヨーロッパ系は強いよ。慎重が158センチのロルーペなんか、お尻が俺の胸の辺りにあるんだから。脚は長くて股は太くて膝から下は細い。キックも強いから1歩のストライドも違う。身体機能だけなら2000cc/5000ccがやってるようなもんだよ。だけど日本にはお金がある から工夫すればいい。ヨーロッパの連中が全部スイスの標高2700メートルのところで やってるから、「高橋、3500メートルの所へ行くぞ」って。お金はあるんだから食べ物も世界一番いい物を食べようよ。シドニーでもゴールから10キロくらい手前の一番ポイントになる辺りに、高級マンションを1年前から借りておいてもらったり。それにレース前日のために、スタート地点から500メートルくらいの所にある高級ホテルを予約しておいたり、お金はかかってもやれることは全部やらせておいた。 <PB>合宿地のボルダーに家を買ってしまったというのも、そのひとつなんですね。 <小出>そりゃぁ、宿舎だって世界一じゃないと。前の年にはアパートを借りてもらったけれど、冷房もないし虫が出てきて体を刺されたりしてたんだ。本気で金メダルを欲しいからそれを何とかしなくてはと思い、バーッと見て回って「これは」というのがあ ったから5分で決めたんだ。それで日本に帰ってきてすぐ銀行に行って、家を担保にお金を借りてアメリカに戻った。そうしたら1週間後に妻から電話があって、「銀行員が来てメジャーで家を計ってるけどどうしたの」と聞くから、担保にいれちゃったと教えたんだ。「男が道楽したら1億円くらいすぐ使っちゃうよ。それなら陸上で道楽したほうがいいだろう」って言うと、「そうだね」って。何十年もやってきて金メダルを追っかけてきたんだから。駄目だったら売っちゃえばいいし。そこで金の1000万や2000万をケチって金メダルを逃しちゃぁね。次の五輪になったら僕だって絶対に体力がなくなってるんだから。物事というものにはチャンスがある。これは何としてでも勝たなくちゃイカン、と狙ったんだよ。 <PB>バルセロナの頃から虎視眈々と狙っていたのですか。 <小出>狙ってたんだよ。有森が銀メダルを取れるんだから、高橋が金メダルを取れないわけがないよ、ホントに。実を言えば鈴木博美で狙おうと思ってリクルートに入ったんだ。あの子がバルセロナとアトランタを走ってれば金メダルをふたつ取ってるよ。でも悲しいかな、そこが持って生まれた強運と普通の差なんだろうな。僕からすれば鈴木 が、バルセロナでマラソンを走っていれば金メダルだと思うのに、やれと言っても「嫌いだからいやだ」と言う。人生というのは自分の心がけひとつで変わっちゃうんだ。人 間はみんな素質を持ってるんだけど、ちょっと判断を誤ったりして自分で自分の人生を変えてる。だから僕も一歩誤ってたら、こんないい加減なことを出来ていなかったかもしれないな。農家の長男だったから家を継がなきゃいかん、と農業高校へ行ったから。でも「アァ、人生は一回しかないな」と思ったら、居てもたってもいられなくなって家を飛び出ちゃったよ。だから今高橋と巡り会ってるんだ。 <PB>大好きな駆けっこを続けてたら、何故か教員になってたり。 <小出>あの頃僕は順天堂大学なんて知らなかったよ。そこが拾ってくれて教員になれて。自分でもこれが天職だな、と思って23年間やってたけど、何で日本の陸上は五輪で金メダルを取れないとかと不思議でしょうがない。「よし、俺が取ってやる」って。それだって1週間で決めたんだよ。それで妻に言ったら、「何でもいいんじゃない、ご飯が食べられりゃ」だって。そんなもんだよ。人間なんてアッという間に死んで行くんだよ。限られた少しの人生しかないんだから、自分のやりたいことをやっていかないと。人に迷惑をかけないで。その判断を誤ったら駄目だよね。それでたまたま、僕の場合に有森と巡り会って。この子が銀メダルだったら、誰でも金メダルを取れるって思ったんだよ。悪いけど銅メダルなんて簡単なもんだよ。普通高校で指導して、高校駅伝の千葉県で優勝する方が10倍以上難しいよ。結局はそんな選手がいるかどうかだけど。 <PB>選手の素質などはどう見るのですか。 <小出>性格と走り方だけど、最後は性格だな。悪いと強くならないから。とにかく言うことを聞かないのは駄目だよ。何でも自分で決めちゃって。この練習をしろと言っても「今日はできません」とか。それに辛抱出来る性格じゃないと。高橋のように「今日は30キロ走れ」と言うと、「監督30キロじゃ短すぎます」と言ってくるようなのは楽だね。それに世界で勝つためには走るのが好きじゃないと駄目。大好きじゃなかったら土壇場で勝てないよ。だから世界を見た時、高橋にこう言ったの。「お前、勝ちたいか」って。そうしたら「勝ちたい」と答える。だからそこで、1番になるのはこの練習 スケジュールで、2番はこれ、3番はこのスケジュールだよ、と言って見せたんだ。「これができるか」と言うと、「できる」って。これができたら金メダルは取れる、そのかわり死んじゃうかもしれないよ、と言っても、やるって言うんだよ。僕の場合目標を決めたら、能力に応じて金メダルを取るならこれだ、というスケジュールを組むか ら。それで高橋だったら勝てると思ったんだ。 <PB>レース中の給水なども気を使っていますね。水を冷やしておくためにポットを使うとか、新しいドリンクを採用するとか。 <小出>選手の体の機能というのはそんなには変わらないんですよ。でも給水など、そのようなところで変わるんです。今使っているドリンクは、アトランタで有森が使い始 めたのだけど、凍らせて見ると白くなってわかるけど、アミノ酸なんですね。脳やスタ ミナ、筋肉などすべてに良いんですよ。本などを読んでも、昔、体が丈夫だったという人は、皆干した魚介類を食べているんですね。そういうのは体にいいアミノ酸をたくさん含んでいるわけ。脳細胞を活性化させたり、やるぞって元気が出る。そういう物を摂取すれば、そりゃ有利ですよ。なぜ僕が食べたいものをドンドン食べさせるかというと、食事もしないで薬だけ補給したって、それは本当の力にはならないんですよ。やっぱり口でしっかり咀嚼して体に入れるから、そこから血液などになっていくんです。必 要なのは蛋白質。結局アミノ酸なんだよ。なぜそのドリンクを飲ませるかと言ったら、走れば疲れますから、20キロ、30キロを過ぎてへばらないように、吸収のいい物を補充する必要があるからですよ。昔は水だし茶とか蜂蜜なども使ったけど、蜂蜜は粒子が大きいから直ぐには吸収できないんだよね。飲んでも次の日あたりに効いてくる。 <PB>昔からそういうことも研究してたんですか。 <小出>それは考えてたよ。僕は神経質だったから、昔レースやる前にも体が重いなと思ったら、熱くて濃い緑茶を飲んでいたんだ。カフェインが入っているから体が軽くなって。それで駅伝を走っていたんだ。あまり多量に飲むとドーピングになっちゃうけど、コーヒーもいいんだよ。夜だと眠れなくなるほど血流がよくなるから、走る前に飲むと体の筋肉を柔らかくしてくれてだるさを取るんだ。でもあんまり飲み過ぎると、コーヒーは鉄分を分解してしまうから、貧血剤を飲んでいるような子には駄目なんだよ ね。順天大で運動生理学を勉強したから、その辺はわかるからね。どういう食べ物を食 べたらいいかと。高橋は世界で一番いい物を食べている。 <PB>食べ物にも色々工夫しているのですか。 <小出>僕は必ず選手たちと一緒に食事をしてみる。そこで観察して、食べが悪いなとか。やっぱり弱い子は食べが悪いね。それでどうするかというと、例えばひじきは鉄分が多いからいいでしょう。でもあれは消化が悪い。だから消化を助けるためにはどうし たらいいか考えて、ミキサーで引いたりして食べさせるんだ。それをやったら成功したんだ。とにかく世界で一番いい物を食べさせたいから。それともうひとつ、高橋には秘密兵器があったんだ。彼女は便秘症だったんだけど、漁師さんなんかが食べていた、昆布の根っこを細かくした「女女」というのが効くんだよ。お湯で戻すとヌルヌルするやつ。あれが凄い強力なんで、彼女は自分で漁師さんの所に行って、一年分買ってきて食べてたんだ。昔の人が生活の知恵で伝えて来た物はいいのがあるんだね。 <PB>それは偶然発見したわけですか。 <小出>それは僕がいろんな所に行って泊まったりして、いろんな人と話していろ時に教わったりしたんだ。特に漁師さんなど、船に長年乗っている人は生活の知恵があるんだよ。それを思い出してやってみたんだよ。そういう食べ物に関しては、高橋は世界中で一番いい物を食べているはずだな。僕は科学と生活の知恵の両方から迫っていったん だ。 <PB>レースとなると、自信を持たせるためのメンタル面でのケアも必要ですね。高橋選手はプラス指向のようだから、あまり心配ないかもしれませんが。 <小出>シドニーで腹が立ったのは、レースの2日前にドーピング検査で血液を12cc抜 かれたことなんだ。ロルーペもシモンも抜いてないで高橋だけ。俺はもの凄く怒って絶対に抜かせないと言ったけど、向こうは冷静で「それじゃ棄権ですか」って言うんだ。高橋は「棄権なんていやですから抜いてもらいます」と言ったが、本心から参ったよ。でも高橋が凄いのは「その分頑張りますから」と言ったことだね。普通だったらレース直前に血を抜かれれば、ショックで精神的にも駄目になってしまう。その点あの子は全部をプラス指向に考えられるんだ。だが精神的な波は大きいから、試合前にスタッフには生意気なことを言っても絶対に怒ってはいけないと言っていた。レースが近づくにつれてやりたい放題にやらせて、気持がドンドン上がっていったから良かったんだね。気持が最高にハイの状態になった時に試合にぶっつけられたから。だからあの子は試合の3日前には勝ったような気になってて、「監督、表彰式にはどれを着てけばいいんですか」って聞いてくるんだよ。当日でも「シモンがいるぞ」って言っても、「私の方が強いんだもん」っていうような顔をしてたよ。そのかわり終わってからは、ちょっと生意 気な口を聞くと怒鳴りつけてやったけど。 <PB>普段はざっくばらんですが、監督もかなり戦略家なんですね。 <小出>それは僕のやり方だけど、僕がざっくばらんでなくて閉じちゃうと、選手が入って来れなくなるんだよ。だから隙間を作ってあげて、何でも話せるようにしておく。酔っぱらって選手に「監督しっかりしてよ」と言われるのは僕の性格かもしれないが、世界で勝つには僕が「あれやれ、これやれ」と言っても、選手が緊張してたら勝てないんだ。選手が五輪や世界選手権に出ていった時とか、どこかで講演を頼まれていきなりマイクが出てきた時にも、高橋のようにペラペラしゃべれるようにする仕組みを作ってやらなくてはいけないと思う。だから僕は殴らないんだよ。僕にとってのスポーツの基本は、根性でやるものではないと思っている。自分の人生の楽しみにためにやるんだから。80年の人生のなかで、10年くらいスポーツに専念して自分の人生を磨いたり楽しんだりする。だから何も苦しんでやることはない。監督に「この野郎」って怒られてやることはない。だから僕は一緒に楽しんじゃうんだよ。僕の目がいくら輝いていても、選手の目が死んでちゃぁ駄目なんだよね。僕が酒を飲んでひっくり返っていても、選手 が「五輪へ行って金メダルを取るぞ」と思ってればそれでいいんだ。そういうチーム経営をしていきたいんだよ。スポーツというのは自分の能力にあったポジションを確認して、選手と監督が一緒に楽しんでいく。これからはそういう時代が来るよ。。 |
選手の肖像権は選手個人のもののはず。
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<PB>選手のプロ化と言う問題もありますが、これからシステムも変わっていかなくてはいけませんんね。 <小出>サッカーが今すごく強くなったが、これはプロ化が実現してからですよね。僕が今考えているのは、スターを作らなくてはいけないなということなんです。アメリカみたいにスポーツで飯を食えるように、スポーツ文化を発展させて行かなくてはいけないなって。これから世界に立ち向かっていくためにも、マス コミの方と一体となってそれを進めていかなくては。 それから選手強化をしてスターを出す。スターが出なかったら人気がなくなって、スポーツは滅びると思うんです。だからマラソンもサッカーの中田選手のような、スターを作らないとだめだよ。今回はおかげさまで高橋が金メダルを取ったんで、「アッ、マラソンっていいな」と思ってくれる人もたくさんいたと思うんです。だから僕が高橋にいつも言ってるのは、ゴールしても苦しい顔をしちゃいかん。サインを頼まれてもニコッとして、断らなくてはいけない時には「ごめんね」ってきっちり断れと。そうしたら子供たちも「素敵だな」ということになる。 <PB>選手の肖像権という大きな問題もありますけど。 <小出>来年度から選手をCMに使う場合は、自社だったら2000万円、他社だったら8000万円をJOCに払わなくちゃいけないとなったようだけど、僕は大反対なんだ。スポーツを強化したいなんて体裁のいい名目で肖像権を管理し、能力のある個人に金をた かっちゃいかん。個人の肖像権は個人のものなのに、立場の弱い人間から巻き上げているようなものじゃないですか。一応、ひとつかふたつは協力してくれれば、後は出てもいいともいってるけど、そんなに一杯CMの話もこないじゃない。結局変な理屈をつけて金を巻き上げようとしているだけだよ。僕が思うには、本当にスポーツを強化したかったら、上の人が働いて国から援助をもらうとか、企業からいろんな名目で賛助金をもらうとかすればいい。21世紀はそういう時代になるべきだよ。 <PB>今の企業スポーツだと、どうしても限界がありますね。 <小出>これからは能力のある人にとって、企業スポーツはやり方によってすごく損をすると思う。だから能力のあるひとにはきちっとお金を上げるような仕組みをつくらないと駄目ですね。例えば高橋は今、積水化学にいるけど、社員だと会社の宣伝をしても収入には限度がありますよ。でも社員じゃなくてCMに出られれば、これから10億円以上稼ぐと思うよ。そういう仕組みじゃいけないと思うね。やはり能力があったら、何らかの方法でそれ相当の評価をしてあげなくては。人間はどんな分野であれ、きちっと評 価して認めてあげるということが必要なんです。こう言うと僕が欲求不満のようなことばかり言ってるように聞こえるけど、朝6時から夜遅くまで、毎日6時間以上走らせて いるんだよ。五輪の前なんか3500キロのところで生きるか死ぬかのような練習をさせてるんだよ。24キロ上りっぱなしと言うコースを走らせて。こっちは車に乗って「それ行け」と言ってればいいけど、選手にとったら大変なことだよ。それだけやっても、金メダルを取っても、アマチュアだからってんじゃ冗談じゃないよな。CMに出るためには、陸連にCMや講演などで生計をたてますという一筆をいれないとできないんだよ。 <PB>陸連に登録しないと海外レースの代表にも選んでもらえなくなりますね。 <小出>そういう時代じゃないんだ。陸連はあってもいいけど選手をがんじがらめにしてはいけない、保護しないと。もしそういう時代になっちゃったら、ジョガーの大衆的な新しい陸連ができるかもしれないが、それは良くないよな。肖像権の問題にしても、弁護士さんに聞くと、裁判をすれば絶対に勝てると言うよ。そんなのおかしいって。でも日本の場合は裁判をやると時間がかかるから、高橋のような良いランナーでもピークが終わってしまうんだ。裁判をやってる暇がないから、どうしてもというなら籍を抜かなくちゃいけないんだ。陸連の大会には出ない、ジョガーとして外国の大会に出て世界記録を作っても五輪に出なかったらどうなるか。おかしいでしょ。実際に今も高橋にCMの申し込みが来てるけど、金を巻き上げられるんなら本人もバカらしくてやらないですよ。やるなら陸連から籍を抜くことになる。そうなれば僕も高橋を見るために籍を抜 きますよ。 <PB>今は世界でも高収入のあるトップ選手と、その下とレベル差が広がりすぎるという問題が出ていますけど。 <小出>稼ぐ人はうんと稼いでいいんですよ。そのかわり競技の普及のためとか、チャリティーに寄付させる。独り占めするのではなく、還元するように教育していけばいいんです。そのためには税金のシステムも変えなくてはいけない。でも結局はアマチュアとプロの垣根をなくすことだよ。これからはそういう時代になる。クラブシステムでト ップと中間層、健康維持のためのスポーツが一体化する。そして中間層やトレーナーなども、それぞれの分野で食っていけるような時代になると思います。そうならないと駄目ですね。人間の本能は見て感動し、体を動かして感動する。だからこれからはどんな人でもスポーツに喜びを求める時代になると思う。その中からレベルを高めて行く人が 出てくる。そうやってスポーツ文化は発展していくんです。 |
小出義雄(こいで・よしお)/1939年、千葉県生まれ。 順天堂大学卒。佐倉高校、市立船橋高校を経て、リクルートに。現在、積水化学女子陸上部監督。92年、96年とオリンピック連続メダルを獲得した有森裕子や、97年、世界選手権で金メダルを獲得した鈴木博美などを指導。2000年、高橋尚子を擁してシドニーオリンピックで念願の金メダルを獲得。 |
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