-PBインタビュー・コレクション-

立川 談志

「すべてが嘘、本物なんてあるのかネ」

桜井裕=インタビュー・構成/高橋昇=写真

去年、2度目の食道ガンの手術。その後に出た本のタイトルはズバリ『ナムアミダブツ』。この6月より落語立川流家元63年の奇跡を総括するように、『談志人生全集』全3巻の刊行開始。ひょっとして ……。ところが、ひとたび口を開けば、出るは辛口、飛び交う毒舌。目が点の鋭い文明論に絶句の連続。

<PLAYBOY(以下PB)>『PLAYBOY』の読者の平均年齢が35歳前後。その頃の師匠の躍進を振り返ってみると、かなわんなあの一言なんですが、参議院議員としてその後8年間政界に身を置いてみて、ずいぶん日本が見えたんじゃないですか。
<談志>現象の中にいただけで、政治なんて何も見てませんでしたが、想像以上にナアナアで物事を決める世界でしたね。正義があると信じてた人にとっちゃあ「大人は何といい加減なんだろう」と驚くんでしょうが、俺は、落語といういい加減な世界に住んでましたから、それほど驚かなかったけどね。そのくせ国会はとにかくタテマエが第一で、ホンネの議論を戦わす場所じゃない。落語会でならやっていける俺も、これはやっていけないと思ってね。結果はあの通りだった。
<PB>立川流の旗揚げ以来、師匠が一貫して主張してきたのが「はっきり物を言え」ということだったと思います。今に至るまで、その基本さえ認められていません。
<談志>一生懸命相手を説得する。すると、言ってることが間違ってても、第三者は「あいつがあんなに言ってるんだから話を聞けよ」と言う。これに抵抗すると皆やられちゃいますよ。その点、俺はずっと餓鬼だね。何も知らないということを識っている程度です。まあ「自分が間違っているかも知れない」と常に思っている人間は、「自分は間違っていない」という奴よりはましだろう。  国ってなあどこかでロジカルにしないともたないものです。でも、基本的に日本人はロジカルじゃない。ロジカルじゃない生活……つまり「日本式」とでもいうような処で暮らしてる。そこへ「世界基準」というロジカルが持ち込まれ、その狭間で困ってる訳でしょう、政治も経済も教育も。「日本式」の全盛期は徳川時代。「往来の七分を侍が歩いて、後の三分を農工商が歩くから、噺家なんてのはいなかったそうで、仕方がないからドブ板の上を這ったりしてまして……」
<PB>黒船が来て、日本式が下り坂になったと。
<談志>小室直樹先生や岸田秀さんが論を立ててますが、西欧の外圧や強姦外交に対して和魂洋才なんぞと無理をいい、「文明は真似するが、心は日本人」なんてウソをついた結果、多くの日本人は、今の言葉でいうトラウマを抱えるようになった。トラウマを抱えている日本の政治家は、外圧にノラリクラリ答弁する「日本式ロジカル」でやっていくしかないんでしょう。
<PB>それが小渕首相の高支持率の答えですね。
<談志>石原慎太郎が「NOと言える日本人になれ」と言っているけれど、石原が政治家をやってられるのは本当に「NO」と言ってないからでさ。かりに「NO」でも、所詮日本式、日本教の「NO」、怒るときも日本式の範疇でやってるんじゃないですか。「お前、俺に向かってそんな口をきくのか」って(笑)。石原が日本教左派なら俺は右派。大して変わらないんだ。詰まるところ、日本教だろうが世界基準だろうが、この世界は全部ひっくるめてウヤムヤで、何が何だかまったく判らない。物事に正解はありませんし、人間 なんて何も判っちゃいないんだから、世の中のことも、自分のことも。俺なんか本当に何も判っちゃいませんよ。判らないから次々に変化してきたんでしょうよ。
元々ロジカルじゃない世界を無理にロジカルにしようとするから間違いが起こる。だったらこの際、曖昧な日本式ロジカルで行けばいいのに、世界基準なんてもので処理して、矛盾を矛盾でおぎない、それを進歩と偽る。すべての間違いはそこから出てきているような気がするネ。早い話、世界基準ってのはキリスト教です。もう一方はつぶれたマルクス・レーニン主義。特にキリスト教は始末に悪いね。ベルギーはベルギー、アラブはアラブの街、フランスの田舎はフランスの田舎、それぞれの暮らしがあっていいのに、「一緒くた」にしようとするから、 えらく混乱するんです。
<PB>昨今、ワールド・スタンダードだグローバルだと騒いでいますが、何てことはない、画一化で囲い込むキリスト教的やり口にすぎない。
<談志>30代半ばの頃はそのへんがよく判らなかったから、落語というロジカルでないものをロジカルに説明しようとしてたね。落語てなあ常識っていう窮屈なタガではまとめられない人間のだらしない本性を語ることで、人間の業を肯定してやろうじゃないかってことです。志ん生師匠だったら、『ヘビ』というのは、 誰がそう言ったんですかな。あれは、昔は名前なんぞなかったそうです。″どうしたい、何だこれは。頭からすぐシッポンなってるねえ、何だいこれは″″何だい、ってほどのもんぢゃねえや。こんなもの屁みたいなもんだ″。それで、昔はこいつのことを『へ』と言ったそうで。″へが行く、へが行く″なんてね。そのうち『ビィ』がついて『ヘビ』になった」......こういう噺を考える人間の物凄さを肯定していくと、人間の本当の気持ちや了見、行動、ほとんど何も説明出来なくなっちゃう。当時の俺はそこが判ってなかったから、「これがいい落語なんだ」ってロジカルに説明しようとして、「だから俺の落語はいいんだ」と威張っていたんです。
ところが現在になると、何がいい落語なのか、判らなくなってきた。昨夜も一 緒に呑んでた俳優の中尾彬、彼は絵が趣味だけど、「これがいい絵だなんてないよ」と言ってたな。
<PB>価値観が多様化し、物事の善し悪しを判断する基準が希薄になったと、よく言われますね。
<談志>本当にそう思っているのかなア。最近はワイン評論家と称する連中がワインのランクを勝手に決めて、うまいのまずいの言ってるじゃないですか。そんなの判ってたまるか!そんなに言うなら、手前えらオマ○コの味をどう嗅ぎ分けるんだ。山口洋子女史は「嫌いなお方の L Lよりも、好いたお方のSがいい」って言ってたけどネ。
<PB>ごもっともです(笑)。

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<談志>どこかでオマ○コに基準をつけとかないと不安だから、やれ土手がふっくらしたのがいいとか、色はピンクがいいって言ってるだけでしょう。ワインも同じだ。ワインが判らないと不安だからランクづけしてるんで、俺みたいに「ふざけるねえ!舌あそれぞれ違うのに、勝手に決められてたまるかい。俺はワインなんて判んねえよ」と言えばいいんだ。それらも含めて全部″ウソ″や″ムリ″。味覚もセックスも、芸も絵もすべてが、ウソ。それらが最近はみんなウソに見えて仕方がない。いったい世に中に、本物なんてあるのかネ。
<PB>先日、テレビで自宅の庭に桜に目を細める師匠の姿を見まして……。
<談志>ああ、花の一つ一つが女の顔に見えてきて、精一杯咲いてて「偉いなあ」と思った。向こうは喜んでいるんでしょうが、雨に濡れて可哀想だなあと。
<PB>師匠は食道ガンの手術をしましたよね。それでここにきて全3巻の分厚い『談志人生全集』の刊行が始まった。高座のCD化も勢いづいている。どこかで死を意識して、まとめに入ったんじゃないかという声が聞こえてきまして……。
<談志>あるでしょうね。評価は所詮、第三者が決めるもので、俺がいかにいい落語を演ったとて、お喋りって言われりゃあお終いです。だから、利害関係のない第三者の言うことはだいたい合ってますよ。むしろ第三者の言ってることを取捨 選択して自己を作っていくんで、まとめに入っているんだろうねえ、俺も。ガンで死を宣告されたらそれまで。で、もうどうにもならなかったでしょう。生き延びちゃったんで、実際、死を考えて毎日整理をしている。今は人生60から70年なら、その年齢に達した人間は整理段階に入って、「どう死を迎えるか」を考えなきゃいけない。だけど、みんなそれをしないね。ナラ、駄々羅に生きて駄々羅に死んできゃいいのに、「臓器移植でも何でも、金は出すから助けてくれ」と未練がましくきたもんだ。日本も俺も今日まで生きてこられた有り難味を思えば、もういいんじゃないかという気にならないのか。傲慢にも21世紀に期待 するとは、いい加減にしろだ。
まあ、人間常に不安定で、逆にいうと不安定でないと暮らせませんから、勝手なことをパアパア言いながら生き延びていくんだとすれば、野村沙知代の言動をめぐって騒いでるほうが、日独伊三国同盟なんてことで騒いだのよりいいけどね。
<PB>いや、桜を愛でる気持ちと死が密接につながっているのかと思ってしまった。ところが今の話を聞くと、花も動物も嘘がないから可愛いと感じているんじ ゃないかと。
<談志>そうかも知れない。彼らには無理がないからね。それに比べて常に無理をしている人間は、その不安を解消しようと、TVや雑誌、サッカーやバイアグラに煽られ、毎日バカ騒ぎをしている。修行や教養を積むことによって、その騒ぎを抑えようとしたのだけれど、それも無理だと気づいたのかも知れない。一休禅師は、悟りの心境を「ここには何もない。聞こえるのは風の音と波の音だけだ」なんて言ってますがね、嘘つくな、このヤロー(笑)。
<PB>修行と聞くと、オウムを思い出してしまう。
<談志>誰かが、あれは「師弟関係等のがなくなったせいだ」と言ってましたよ。師匠ってのは、そこまでにしとけと教えてくれるんだ。人間、物事を知りたいんじゃなくて、知らないと不安だから、知ったという錯覚があればいいんでね。常識で解決するには限界があるからね。思考にストップをかけてくれる師匠がいりゃあ楽だよ。思考放棄は楽だぞう。人生、師匠みたいなものがいたらホントに楽 だ。
落語もそうです。『やかん』で、知ったかぶりの隠居に八公、熊公が片っ端から聞くんだ。「ねえ、御隠居さん、がんもどきの裏表ってなあ、どうなってるんですかい」「がんもどきの裏表はネ、裏でないほうが表で、表でないほうが裏だ」(笑)。そこで見事に思考がストップする。向こうのジョークに「何で雨が降るんだ」「雲が水を含んで、風が吹いてくると落っこちるんだ」「証明できますか」「現に降ったじゃねえか」(笑)、それでよかったんです。それ以上行くとえらい目に遭うから、どこかで思考をストップしておいたほうがいいんだという一番大事なことを教えてくれる。「父っつぁん、釣れるかね」「カモメの目を見ろ」で通じちゃう。カモメもカモメだよ。沖のカモメに潮時聞くと、「あたしゃ立つ鳥、波に聞け」と。波に聞いてるんだよ、ちゃんと(笑)。そんなので人間ずっと生きたんじゃないの。
高校生にアンケートを取ったら、アメリカや台湾の若者と比べて日本の若者のほうが未来を信用してないんだってね。けっこうなこった。現状に満足してない奴が未来に夢を託すんで、夢なんかないほうがよっぽど自然ですよ。
<PB>しかし、幸せそうには見えません。
<談志>物事の基準がわからなくなったという。どうなんでしょう、元々基準なんてあったのかね。人間、最初から「いい」も「悪い」もなくて、でもそれじゃあ困るから物事に基準を作った。ないところに作れば所詮無理が出るんで、若者たちは偉いから、その無理に気がついちゃったんじゃないの。
ただ、それがどういうものであれ、一は生きがいをこしらえなきゃ生きていけない。毎度言うんですが、それなら落語の『欠伸指南(あくびしなん)』のように、師匠の所へ通って欠伸の仕方を習えばいい。または日がな一日、割り箸を見つめて過ごすことに生きがいを感じられれば、これほど楽なことはないですよ。
ところが「文明の進歩」に関わることが「人間の生きがいだ」なんてことになったので、面倒なことになってきた。生まれて死ねばそれでいいのに、人間そこに生きる意味とか意義を作らないと生きられない代物なんでしょうから、だったら意味や意義なんざァくだらないものに限るんじゃないの。少なくとも他人には迷惑はかからない。
<PB>師匠にとって、国として一番いい状態とはどんなものでしょう?
<談志>ズバッと言えば、自給自足が出来て、他国に干渉されず、そこそこ働けばそこそこの栄光や贅沢が与えられ、働かない奴もそこそこ食えて、石鹸とチリ紙程度は手に入る状態かなァ。そこそこでいいじゃないか、もう。結局、戦争と貧困がないのが幸福なんだけど、判んないぞぉ。状況判断を怖がっていても、食糧危機が進めば、北朝鮮が日本に攻め込んでくる。テポドンなんて物騒なものを撃ち込んでこないとは限らないからね。
でも、日本も本当に困ってくれば、遅かれ早かれ何か考え、行動を起こしますかね。それとも、やらないでこのまま滅びるか。それはそれで歴史にいくらでも例があるけれど、文化人や学者がどうこうしろと言ってもダメでしょう。例え言 った通りの「いい状態」の国が出来ても、また不安材料を探して騒ぐんじゃないですか。 アマゾンの奥やニューギニアの奥に住む、原住民といわれる人たちはどうなのかなァ……。あれも文明なんでしょうが、彼らは何かね、自分たちの文明を大事にしているから、昔の生活(くらし)向きを守ってるんですかねぇ。文明人が彼らを野蛮人、未開人と呼んで「銃の撃ち方もしらねえのかい」と御託をならべんの、よく言うよって言いたくなるな。あんなに綺麗な羽根飾りを作れる奴が、パソコンくらい作れない訳がない(笑)。やらねえんだ、あいつら。しっかりしてんだよ。
<PB>しかし、文明の進歩は止められませんし、彼らのように暮らすことも、もうできない。
<談志>できない。もうこうなったら人生成り行きでいいじゃないか。日本人もそう。どうしようもなくなったら、そのときジャンヌ・ダルクが出るかヒトラーが出るか、乱世の英雄や平和事の能吏(のうり)が出るかも知れないが、日本人はそういうふうにしか行動できない国民なんじゃないですか。いや、人間皆そうかも知れナイ。
日本は老いた。人間、若い間は恋もし、惚れもする。お洒落もするし、行動も起こす。でも老いれば活気はなくなるし、余生は静かに暮らすべしで、いまさらギンギンに生きる必要はないでしょう。
世の中、死はTVの中にしかないし、貧困もない。飢えを凌ぐことに幸せを感じられない。が、どこかで幸せを求めないとやっていけない。グルメだワインだ携帯電話だとはしゃぐのも、幸せの基準が判らないから、幸せを確認したいからなんじゃないですか。
<PB>幸せの基準すら見えないと。
<談志>家の女房なんか偉いよ。「ものを片付けないの」と聞くと「片付けても高が知れている」とくる。「不精なのかねぇ」って言やぁ「不精じゃないの。欲張ってないだけなの」だってさ(笑)。すごいねぇ、欲張ってないんだと。そうすると、品のいい奴って、欲望に対してスローモーな奴かナなんて思う。
<PB>手本にできる偉い人間がいないってこともあるかも知れませんね。
<談志>世間から見て偉い奴の基準もなくなっちゃった。「文明」は人を快適にさせることですから、それを成し、財産を作った奴が立派ってことになってたけど、今では文明に寄与してる奴は偉くないでしょう。本に書いたことがあったナ、偉い奴を。他人に迷惑をかけない奴、そこそこ食えればいいやと思ってる奴、世の中をいい加減に送ってる奴とかね。こうなったら偉い奴を自分で決めちゃえ。ションベンが20分出てる奴、逆に2秒で上がっちゃう奴ぁ偉い(笑)。信念を持ってる奴はダメだよ。孤立しちゃうよ、誉めてくれる奴がちゃんといないと。
<PB>やや脱線しますが、師匠にとって笑いの本質とはなんでしょう?
<談志>笑いというのはね、ベルグソンも梅原猛も書いていますが、チト違う。俺は「笑いたいから笑うんだ」と言っている。笑いたくて仕方がないんです、人間 は。
じゃあどうして「笑いたい」かと言えば、元々生きることに無理があるからで、人間、どこかで常に緊張してるんです。赤ン坊でも、どっかにそれがある。自殺した桂枝雀も「笑いとは緊張と緩和である」と言ってたが、どこかで緊張を緩和しないと身が持たない。で、緊張が緩和されたときに出る音声が「笑い」でしょう。でも、緩和したいだけなら林家こん平でもいいのか、木久蔵でもいいのかということになるけれど、俺のギャグのほうがいいし、情景の再現にもリアリティがある。客を引きずり込むテクニックも、狂気も、イリュージョンもあるからね、と、言ってるだけで、それが理解(わか)るセンスを持ってる人と共有したいってことだけですが。
<PB>師匠は動物が好きでしょう?南米の密林にアリドリという小さな鳥がいまして、軍隊アリの群れが襲った昆虫や小動物などを横取りして暮らしている。めざとくアリの獲物を探すため、アリの動きを逐一観察出来るよう、タコみたいに大きな目をしているんですよ。アリの軍団に寄生して生きているんですが、その奇想天外さといったらなかった。
<談志>ほお。動物は、あるとき、自分の生き方のプログラムを決めたんだな。そのプログラムが状況に合った奴だけが生き残り、その知恵が「本能」と呼ばれている。アリ鳥がいくら奇想天外な姿形をしていたにせよ、頭が7つあるような奴はやっぱり淘汰されたでしょう。
そこにはデザイナーがいたと思うナ。プロデューサーもいただろうけどね。それを神といっても言いが、だって極楽鳥や孔雀があんな色を手前ぇで考えたとは思えないからね。
このデザイナー、人間、もっと早くまいると思ったろうね。ところが知性が出来たのか、有ったのか、文明をこしらえ、生き残る方法を考えついちゃった。地球が門戸を開いて人間の底知れない欲望を叶えてやったにもかかわらず、ひどい不義理をしちまった。
<PB>アリドリの姿から「なりふりかまわず、自分の基準を作れ」というインパクトを感じました。
<談志>くどいようですが、不安定を安定させようとしても、もう遅い。そうねぇ、結局、人間は元々だらしないと認識することしかないか。酒は人間をダメにするとよく言うが、冗談言うねぇ!酒は人間が本来いかにだらしのない生き物 かってことを教えてくれるものなんです。きちんと呑んじゃあいけない。酒は駄々羅に呑むものです。酒と煙草をやめる奴は、意志の弱い奴なんだ。
よく退廃と爛熟の比較をするんですが、爛熟は意識してやっているからいい。鰻丼に箸もつけずに捨てるのは爛熟、平気で残して他の店に行っちゃうのが退廃。ややむずかしく言うと、退廃を心情的に救うのが爛熟だと。物があり余って いる。すぐ捨てちまう。捨てるのはいいんですよ。要は捨て方に凝れということだ。「捨てる」という状態を心得ているのが爛熟で、捨てる状態を把握していないのが退廃。そこを考えてもらいたい。
<PB>そうなると文明そのものが悪ということになってしまいませんか?
<談志>そりゃそうでしょう。文明とは人間を楽にする作業です。不完全で、放っとくと自然に適合できないから「知性」を使って、文明の進歩につとめてきた。文明は人間にとって良いものだった。その揚句が今日の文明故の地球の危機。人間なんざぁ文明の中に住む地球の寄生虫。地球に恩返ししたければ、人間が死滅するしか手段はない。
未来を信用できないって話が出ましたが、それって地球の予定説ですよ。どこかでもうダメです、お終いなんですって気づいているんだな、若者たちは。「知性に煽てられてやってきたけど、もういい、信用出来ない」と、肉体が知性に愛想を尽かして、それで精子がどんどん減っていったり、セックスレスになるんじ ゃないの。
まあいいか。時間はちょっとかかったけど、人間はいずれ滅びます。デザイナーが、そう言っているような気がするんだ。ならばその日まで、こんなにいい世の中だ、ゆっくりしてりゃあいい。嫌いなこと、やらなくていいことをやる必要はない。みんな滅びちゃったら、楽だもの。無理ィするこたぁない。
<PB>それまで、どう生きたらいいでしょう?
<談志>勝手に生きるんだな。早く滅びたほうがいいのか、それとも、もうちょっとゆっくり生きようと思うのか。もし生き延びたかったら、欲望と知性をコントロールする新種の知性を作るしかない。
それを作れるかどうかだよ。

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